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札幌大学野球部について

【札幌大学野球部】
 1967年6月、札幌大学開学から2か月後に野球部は創部しました。創部当初は専用の野球場もなく、雑草広場でのキャッチボールのみでの練習からスタートしました。
 翌68年、全日本大学野球連盟に正式加盟、奥村博初代監督のもと「札幌大学野球部」が誕生しました。野球部が掲げるポリシー「気力・体力・知力を兼ね備えた野球」は奥村監督による部員へのメッセージでもあります。
 1970年、北海道大会で初優勝を飾り全日本大学野球選手権ではベスト8進出を果たしています。以来、全日本大学野球選手権大会出場21回、明治神宮野球大会出場8回。いずれも最高成績はベスト4進出。50余年の歴史の中で北海道の大学野球史の一角を築きあげてきました。
 現在は、札幌学生野球連盟(加盟18大学)に所属しています。2018年1月に野坂寿利が監督に就任し、本気で野球に取り組まなければ野球を楽しめない。として、"変革"をチームテーマに掲げ、2007年春季リーグ以来のリーグ優勝を目指しています。
[略歴]
野坂 寿利(のさか としかず)北照-札幌大学(1978年卒)-電電北海道野球部(前NTT北海道野球部)  札幌大学在学中は1年次より内野手として活躍。第8回明治神宮や球体会ではベスト4進出に貢献。卒業後電電北海道野球部(前NTT北海道野球部)では選手として活躍した後、マネージャー・コーチ・監督・総監督を歴任。監督時代の97、98年には2年連続でチームを都市対抗、日本選手権に導きました。
 2004年から5年間当部コーチとしてチームの指導にあたり、4度のリーグ制覇に貢献。2018年1月より監督就任。


【社会貢献・地域貢献】
 「私たちに出来る事」「私たちだから出来る事」として社会貢献、地域貢献活動に参加協力しています。具体例としては、献血活動に積極的に取り組んでいます。定期的に大学で行われる献血車での献血のほか、札幌市内の血液センターに向かい血小板献血にも協力しています。活動の継続が評価され、2014年度には日本赤十字社銀色有功章の団体表彰を受けました。
 また、毎年本学を会場に行われる全道ちびっ子野球大会-札大旗争奪・全道ちびっ子ティーポール野球大会-(主催:札幌大学 後援:NPO法人札幌大学スポーツ文化総合型クラブ)の大会運営スタッフとして参加協力し、野球普及活動にも取り組んでいます。


【卒業後の進路】
 野球部での活動を含む大学生活を通し、「考える力、判断する力、行動する力」を身に着け社会人として活きるちからを身に着けられるよう指導しております。挨拶や礼儀といったコミュニケーション能力はもちろんのこと、自己判断、問題解決能力を身に着け、社会の即戦力として卒業まで導きます。
 OB・OGの社会での活躍もあり、地元北海道を中心に高い評価をいただき、就職率は毎年100%を維持しております。また、卒業後も競技継続を希望する者が増え、硬式、軟式それぞれ社会人チームで卒業生が活躍しています。
 教員免許取得者が多いのも当部の特徴のひとつです。本学では高校(商業/情報/英語/保健体育/地歴公民/国語/ロシア語)、中学(英語/保健体育/社会/国語/ロシア語)、特別支援の免許が取得可能で、高校野球指導者として選抜大会、選手権大会出場を果たすOBも多数います。
  >>過去5年分卒業生進路(PDF141KB.2019年3月更新)


【基本データ】

創部
1967年
札幌六大学野球
優勝回数
21回(春13回、秋8回)
旧北海道地区連盟
(1976年秋季〜90年春季)
優勝回数
11回(春3回、秋8回)
全日本大学選手権
出場回数
21回
ベスト4 1回(1974年)
ベスト8 6回(1970,72,75,87,89,2003年)
明治神宮大会
出場回数
8回
ベスト4 2回(1977,86年)
歴代監督
初 代 奥村 博(1967〜1973年)
第2代 長浜 雅利(1974〜1979年)
第3代 奥村 博(2期目,1980〜1984年)
第4代 丹野 悟(1985〜2003年)
第5代 猪原 義幸(2004〜2006年)
第6代 高石 克美(2007〜2017年)
第7代 野坂 寿利(2018年〜) 
部員数
119人(選手、マネージャー合計 2019年度)
練習場
札幌大学野球場(札幌大学キャンパス内)






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